つくる

アニメ作画・演出をする愛媛生まれの人です。色々つくるのが好きです。

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間に合うアニメーターでいたい

 数年前、まったくの素人新人動画マンとしてアニメ会社に入社した。タイムシートも初めて見るわたしには分からないことばかりで、目の前の仕事にいっぱいいっぱいだった。

 心の余裕をうむためにやっていたことのひとつに毎日の記録ノートがある。これがとても役立った。久しぶりに初期のものから見直したので、当時の記録方法や考えていたこと、現在の演出としてのお仕事を含めた担当作業全体の把握方法まで、いまも続く試行錯誤をまとめてみた。

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 目次

作業時間が読めない不安

 わたしはなんでもすぐに忘れてしまう。ミスも多い。そのためたくさんメモをとるけれど、メモしたことを忘れたりなくしたりする。だから自信がない。この特徴は日常生活に支障をきたしているが、何より仕事をする上で、自分が締め切りをやぶってしまったり、求めに応えられないことに恐怖している。大切なことは余裕をもって何度も確認したい。

 

 締め切りの遅れや仕事内容の不足は、その後たくさんのひとの作業やスケジュールに影響するかもしれない。わたしは不安で余裕がなくなるとパフォーマンスが落ちる。自分の納得できない仕事をしなくてはならない環境を、自分で引き寄せることは極力したくない。

 なので仕事を受ける段階で、それが『余裕をもって自分にこなせる作業内容と量と期間なのか』を把握して安心しておきたい。これがなかなか難しく、安心できるときがこない。

 制御不能な事情によって予定していた仕事がこなせなくなることもあるかもしれない。その場合はすぐに相談するとして、以下にまとめるのは「自分が自分の許容作業量を見誤ったために締め切りに遅れる」こと、「求められている内容に届かない仕事をしてしまうこと」が極力おこらないためにどうすればよいかを考え実践してきた記録。

作業時間を把握したい

(1)毎日の記録ノート

 不安のど真ん中にいる新人動画マンのわたしは、毎日の記録ノートをつけることにした。先の見えない状況を変えるためには、まず締め切りまでに与えられた作業量と自分の作業時間を把握する必要があるとおもったからだ。

 はじめは未経験のことばかりで、自分がどの作業にどのくらい時間がかかるのかが分からない。当然、作業時間を読むことができない。ただでさえ慣れない作業はペースが安定せず、作品やカットによっても違うので、とにかく記録して情報を集めることで自分の傾向把握につとめた。

 自分の作業時間を把握することができれば、それをもとにあるていど明確なスケジュールをたてることができる。提示された期間内にこなせる仕事かそうでないかを事前に判断し、仕事を受ける段階で相談することもできる。

 助け合える仲間や先輩がいれば、作業を進める中で状況を早めに判断し「このままでは間に合わない」が分かるようになり、間に合う段階で相談することができる。早めの相談は自分と周りの負担を軽減する。

 記録ノートは作業時間の把握に役立っただけでなく、今でも当時の作業内容や期間、自分がいつごろ何を考えながら働いていたのかを思い出すためにもとても役立っている。

 

1日の記録内容 

はじめは1日1ページで、書いていたのは以下のようなこと。

 

①ページの上部に日付とおおまかな作業内容。

②ページの左端全体を使って縦に1時間ごとのタイムラインを書いておき、それにそって実際の作業にかかった時間を記録。最初のころは1枚のトレスや中割りが終わるごとに分刻みで記入した。失敗や一発割りの可不可なども。慣れると記録したい時間だけ書くようになった。

③同ページ内に、担当カット全体を把握するための一覧表も作り、終わったらマークを塗りつぶすようにして作業量を可視化。

④作業にすこし慣れてきたらぎりぎり達成できそうな「今日の目標」をたて、済・未済をマーク。この達成度は現段階で自分がどの程度作業時間を把握できているかを知るためにも役立った。予定どおりにこなせると気持ちがいい。

⑤先輩に教わったことやその日の出来事などもメモ。注意されたことはもちろん、たまに褒められて嬉しかったこと、おいしかった食べもの、面白かった会話、何でもメモしておいて教わった内容はあとで別紙にまとめ直し仕事中自分の目につくところに貼った。忘れたりミスしやすい部分の記録からは作業別のチェック表をつくった。

⑥落書きもした。そのとき携わった仕事のキャラクターなどは後々の記憶整理に役立った。

 

 このノート、作業中は常に仕事机の上に開き、ミーティングや食事のお供にもした。

 見直すと、入社2ヶ月目のメモで月ごとの作業量から1日の平均動画枚数を計算していた。今の自分にはまだパターンが掴みきれず何が簡単で何が難しいかの判断もつけられないので、見てくれている先輩に相談、今まで自分がやってきたカットがたまたま簡単なものばかりだったということはないか、などと書いていた。「今日の目標」はそのころから書き始めている。

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▲書き方が定まらない初期。

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▲入社2年目。慣れてきて1ページに2日分ほど書くようになり、その他使い方が改良されてきた。

 

 ノートの最後のページには、記録をつけた期間の仕事内容を一覧にまとめた。これは期間中の仕事内容把握に加え、目次のような役割も果たした。表紙には年月日と何冊目のノートであるかを書いた。1年に1冊ほどのペースでノートは増えていった。

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▲目次がわりの最後のページ。

 作業に慣れて分刻みの記録が必要なくなってからは、②を省略し1ページに数日分の記録をつけるようになった。簡易な記録でも、何年か経つとすべてを忘れている自分にはかなりありがたいものになっている。

 これらはあくまでわたしがやりやすいようにしていただけのもので、いまも模索を続け、必要に応じて記録方法の改良をおこなっている。

 

(2)記録方法の改良

 手探りだったノートのつけ方は少しずつ改良することで、より使いやすいものになっていった。特におおきく変化したものを下に記す。

 

①担当カットの一覧表をノートに直接書き込むのではなく、付箋や紙に書いたものを貼るようにして、作業が何日もにわたりページをめくった場合でも表を移動してその日のページで確認できるようにした。これをそのままノートの最後のページにまとめることもできた。

②日数のかかる仕事では進んだ分の塗りつぶしの色を作業日によって変え、色と日にちをメモするようにし、何日にどのくらいずつ作業が進んだか分かりやすいようにした。

 

 間違いやすい自分には「書きやすい」「見やすい」形が重要で、それを探りながらノートに記録を集めることで自分の作業時間と量が、ムラも含めて見えるようになってきた。 加えてめんどうくさがりでもあり、慣れてくるとしっかり丁寧に記録する部分と力を抜く部分が出てくる。その時作業に必要な内容が満たされていて、後から最低限の情報が分かればそれでいいのかもしれない。

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▲作業量が増えると色分けもカラフルに。1日の記録はだいぶ適当になってきた。

 

 ただし、ある程度の予測をたてて仕事をうけられるようになってきても油断できない。作業にかかる時間はやはり作品やカットその他様々な要素によって違うのだし、自分との相性や得意・不得意もある。色々な作品や仕事の数をこなし記録を残していかないと傾向を把握することはできず、はじめは仕方のないことで、うまくいかないときはその理由を探って対策を考えるしかないのではないかとおもっている。先の見えない不安はすこしずつ減っていく。

 うっかり数を間違えるか、失敗するか中々うまくいかないかなど、いつ何があるか分からないのは一生続くので、予測を立てるときは常に余裕をもっておきたい。自分の心の余裕のためだ。

把握と予測をより的確にしたい

(1)作業時間を予測して仕事をうける・進める

 様々な作業にかかる自分の時間がある程度見えるようになったら、いくつかの要素から計算してより的確な予測をたてることで、量の多い仕事でも不安になりすぎずコントロールしやすくなった。以下は主にわたしが数十カット単位で引き受けた原画作業をする際の、現段階での記録。

 

予測によく使う3つの要素

①担当の全体カット数

②兼用をまとめた場合のカット数

③それぞれの作業量を10段階でおおよそ予想したもの

 

 ①と②のカット数は数として確実だが、それぞれの作業内容には差があり、カット数が同じでも内容の重さによってはかかる時間がまったく違う。

 ③の作業内容で計るとスケジュールを均等に割振りやすいが、あくまで予想のため実際に作業をするとズレが生じる場合が多々ある。経験値が増えるほど正確さは増すが、わたしは自分が信用しきれない。

 

 それぞれ一長一短で、ひとつの要素のみからたてた予想は崩壊しやすくあまり安心材料にならない。それぞれの要素を、与えられたスケジュールから余裕分の数日を引いた作業日数で割って見比べることでようやく1日に必要な最低限の作業量が見えてくる。それが自分のこなせるものかどうかを判断し、できる範囲の仕事をうけるようにしたい。

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▲3つの要素で計算しながら進めていた仕事。

 

(2)1日の目標作業量と流れ 

 こなせる量の仕事を受けたら、次に確実に締め切りを守るため、まず1日の目標作業量を決める。その後は1日ごとに、当日こなす目標作業量を満たすカットを決めて作業する。

 よくやるのは、1日の始まりにとくに大変なカットをまずひとつ。あとは普通のものをやって余った時間で簡単なものを進めるか、気分転換に簡単なものをやってから普通のものを進めるなどする。流れは作品や気分に左右されることも多い。優先カットが定められていない場合は、1日の目標作業量さえクリアしていれば自由にやりやすく進めたい。

 数日ごとに残っているカットをさらに計算しなおして、予定と実際の進捗にズレがないかを確認する。問題があれば修正する。これを繰り返すことで、だいたい締め切りに余裕をもって作業を終え、確認に力を入れることができる。ミスの多いわたしは提出前の確認がとても重要。

 

(3)担当作業全体の把握

 とにかく分かりやすく全体を把握したいわたしは担当原画カットのサムネイル入り一覧表を作ったこともある。視覚での認識が役立つわたしには合う方法だった。

 今はほぼデジタル作業で、自分が描いた短編絵コンテの演出と原画を担当するという仕事の受け方が多い。担当する仕事が増えると、その分全体を把握するための要素も多く必要になった。

 この仕事スタイルでは、絵コンテがサムネイル一覧表のような役割をしている。終わったカットはコンテと、一覧表にそれぞれ色を塗る。

 それとは別に表計算ソフト(Numbers)を使い一覧表を作って、各カットの作業終了時に動画枚数、秒数を記入しておくことで、残りカット数や全体の秒数、動画枚数を確認できるようにしている。予想との+-値も可視化して精度の向上をはかる。原画作業の場合は作業に入る前に1カットずつ頭の中で動かして動画枚数の予測もたてているが、これはまだ+-の振り幅が大きい。正確になってきたら、作業時間を予測する要素のひとつとして使えるかもしれない。

 最近は予測によく使う要素の③、「それぞれの作業量を10段階でおおよそ予想したもの」もデータとして記入するようにしたので、自分で計算をしなくても随時確認ができるようになり助かっている。

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▲Numbersでの管理表。改善の余地が多い。1日の作業量まで記録できるようにしたいが、パッと目に入る情報が多すぎると混乱するので減らせるものを分けるなどしたい。

さいごに

いまも新しい仕事や、やったことのない仕事のはじまりはいつも不安で、そのたび試行錯誤で記録をつける。自分のことは自分の経験や体験からしか分からない。苦手なことは知っておきたいし、変えるのが難しくても補う方法を考えながら生きていきたい。

 約束どおりの内容と期間で仕事をこなし続けることは、相手の信頼と自分の自信につながるはずだ。そうであってほしい。わたしはこれからもずっと間に合うアニメーターでいたい。

【追記】生活に必要なおかねと確定申告

 仕事を続けるために重要なことのひとつに、生活に必要なおかねを確保することがある。安定した固定給で働けたら何よりかもしれないけれど、上京と一人暮らしをして完全出来高制で働くことを選んだわたしは収入についてよく考える必要があった。

 「受ける仕事の単価」×「1ヶ月にこなせる量」が、「1ヶ月生きるのに必要最低限の金額」を下回ってしまうと、別に収入がないかぎり働きながら貯金を減らしていくことになる。続けるためには必要なお金をしっかり把握したうえで、最低限それに足る仕事をこなしていかなくてはならない。

 一般的に動画の作業単価は低く、完全出来高制の動画だけで食べていくことはむずかしい。そのためわたしは動画以外にも会社のイベントで着ぐるみに入ったりグッズ販売の手伝いをしたり、デジタルで美術の着彩をしたり、そのとき自分にできることを色々とやらせてもらい少しでも収入を増やしながらアニメーションを学んだ。

 

 会社で学ぶことは新鮮で面白いことばかりだった。新人動画マンのわたしはたくさんのひとに支えてもらって何とか生きていた。しかし最低限の生活を長く続けることは心の健康によくない。3年以内に食べていけるようにならなかったらやめるつもりでいた。期限内で早く不安から抜け出すためにも記録ノートは役立ったのだとおもう。生活のためにこなすべき作業の把握と効率化。

 いくつかの会社に出向させてもらい、そこで学ぶことも非常に多かった。アニメーターの育成事業に動画や原画として参加したりもしながら、色々なことを少しずつ覚え、できることを増やした。どうにか生活ができるようになったいまも様々な面でたくさん助けてもらって生きている。アニメーションはいつまでも分からないことばかりでほんとうに楽しい。

 

 フリーになってから、どんなものかよく分かっていなかった確定申告の大切さを知った。仕事をするためにかかったおかねを項目別に分類・記帳して集計し経費として税務署に申告することで、払いすぎた税金があれば返ってくるのだけれど、申告できるかたちにするまでがややこしい。ゼロからはじめたときはまず何が経費として扱えるか、それを形式に従ってどう分類するかも分からなかった。必要そうなものをとにかく全部とっておき、青色申告会のサポートを受けて申告を終えた。

 最近ようやく自分がアニメーターとして働く上でかかる経費と、よく使う分類項目の傾向を掴み始めている。これが分かるとあらかじめ必要なものだけ残し分類しておくことができるので日々の記帳が楽になる。次の申告を終えたあたりでまたまとめておきたい。収入と必要経費をしっかり把握しておくことは自分のためになる。